山野井周一会員卓話:2002年5月15日
職業分類:金属製品製造
(有)山野井精機 
代表取締役

 卓話のチャンスをいただきありがとうございます。

 余り人前での話は得意ではありませんが、私の子供は親とは一寸違った子供が出来ました。「鳶が鷹を生む」とか「ひょうたんから駒が出る」といった子供ができたものですから、子供の小学生くらいのときからの話をすれば何とか時間が持つだろうと思いますので、話をさせていただきます。

 2人の子供、息子の方は3度目の正直ということで、今オリンピックをもう1回と、しつこく狙っていますが、娘の方はすでに競技を止め会社へ就職しましたので金がかからなくなり、ホッとしています。

 水泳を始めたきっかけは、私どもの田舎では用水路があり、その用水路に子供が落ちて死んだことがありました。

 そこで、そんな危険に遭っても自分で助かるようにとスイミングクラブに行かせるようにしました、また、両親と毎日暮らす女房の息抜きも兼ね、親子3人で通っていました。

 始めはそんなに上手くなるわけはないだろうとずっと通っていたのですが小学校高学年の頃から少し速いかなと感じになり、そのうち関東大会ぐらい出場できるかな、といった感じに泳げるようになりました。やはり子供達にも夢がありました。

 県大会で優勝をしますとジュニアオリンピック(小学生)に出たいとか言い出すようになりました。兄の方はジュニアオリンピックのリレーで3位になったのがうれしく、妹に自慢をしていたのが印象的でした。

 そんな中で、二人は年子ということもあり、ライバル関係ということで、お互いに大会での結果を自慢しては、よくけんかをしていました。そうなると兄の方は面白くなく、自分でもがんばるようになり、中学3年の時に50m自由形で中学新記録を出しました。

 娘が中2で優勝した時、「オリンピック」へ出たいと言い出しました。親としてはそんなことは到底無理だからと思いつつ子供にはあからさまには言えず、何もいいませんでした。
・・・結果的にはそうなりましたが・・・

 高校の時は、息子が常総学院へ、娘は鹿島学園(コーチの家へ下宿)へ行き、二人ともインターハイで優勝したり全日本の大会へ出るようになりました。よく皆さんから「すごいね」とか「かっこいいね」とか言われますが私としては大変恥ずかしく思っています。

 と言いますのは、親として自分の子がそんな大それたことが出来るわけがないと思っておりながら現実的にはそうなっており、完全に親を超えたと言うより、何か親が取り残されたと言った感じです。
                   ・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・・

 水泳をやらせて良かった事はスイミングクラブでは小さい子も大きい子も練習の時、合宿の時、一緒に生活をしています。そんな中で空いた時間に宿題や他の勉強をするのですが、上級生が下級生の面倒をよくみてくれています。

 そういう中でずっと生活してきたので一般の子に経験の薄い上下関係やこの関係もバランスよく取れ、コミュニケーションのとり方も自然になり、よかったと思っています。また敬語とか挨拶と言ったこともきちんと
出来、自然に身についたように感じています。

 ある程度のレベルまでは努力しだいでなれます。しかし、それ以上は本人の才能がなければなりません。それとコーチの力(コーチとの相性も重要)が大切です。また経済的に恵まれないとダメです。

 親は子供の可能性をよく見切れませんがどの子も限りない可能性を持っております。その可能性を何処まで伸ばせるかは、親がどこまで自分の子を信じるかにあるか、と思います。

 お子さん・お孫さんに多くの夢を持ち、素晴らしい可能性を育てて行っていただきたいと思います。