山牟田 博会員 2010.1.13例会

TOPに戻る

「私の体験」
 こんにちは。今日は私が経験した個人保証人の話をさせて頂きます。

 私の仕事は自動販売機のオペレーションを全般に行っております。企業や官公庁、レジャー施設等に自販機を置かせていただき、その中身を販売する事業ですが、今から20数年前にある事業が商店街から郊外に出店される盛んな時代があり、それと同時に社会問題として戦後補償や慰安婦問題等がマスコミ等で報道されていました。

 今からお話させていただく当社のお客様も郊外に出店され、それを1年足らずで売却、それを元金にまた出店、譲渡益が出ていたにもかかわらず税金を納めていなかったところに、税務署から査察が入り数億円の税が課税されました。

 ところがバブルもはじけてしまい国税も払わないうちに運営も厳しい状況となり、私に保証人になってもらいたいと電話が毎日のように掛かってきました。土地を担保にするということで、私も判子を押してしまいました。

 順調に返済も進んでいましたが、残高が半分くらいになった頃、返済が厳しいという事で、条件を変更したいから判子を押して欲しいとの要望があり、2度目の判子を押しました。

 それから暫くして銀行から返済が滞っている旨の通知が届き、様子を見に行ったところお客様も数名しかいない状況で愕然としました。それからというものは散々なものです。

 会社倒産、最寄りの裁判所から土地建物の売却の通知が届き、二番抵当の為、私への権利は無いとの事を知らされました。

 債権が銀行から他に移り、最終的には民間の会社が入札することが決まり、その会社の人と会うことになりました。その中でこのくらいまでなら払うが、それ以上は出さないと話をし、20日くらい経ってからそれで手を打ちたいとの連絡がありました。

 20数年間にも亘りとても長かった不安や心労の日々からやっと解消されました。今、子供達には何があっても保証人にはなるな!と言い聞かせております。

 最後に、私の経験を通じて、事業主さんの住まいを担保に取る、もしくは事業主の周りの方から保証人を取るなどの時代が早く無くなる事を願っております。

 こうしたことにより、事業主が路頭に迷うこととなり、結果自殺者が増える一方です。現在では社会問題になっております。

 今後、この融資制度のあり方を見直す時代に来ているのではないかと私は思います。ご清聴有難うございました。
 

TOPに戻る