松坂興一会員卓話
2002年11月6日
2001-02地区幹事
 
職業分類:病院管理
(医)仁愛会
水海道厚生病院 会長
 ガバナー事務所が本来の役割を終了いたしましたのは、本年6月末日をもってでありますが、一昨年10月にエレクト事務所を立ち上げてより終了後の残務整理の期間を入れれば足掛け2年3ヶ月にも及ぶ長い期間でありました。

 ご承知の通り水海道RCは創立以来今年で40年を迎える第2820地区内ありましても歴史と伝統を誇るクラブでありますが、この間ガバナーを輩出したことがなく、初めて北村PGを選出したわけでありクラブ会員一致の推挙と協力のもと、ガバナー事務所が開設されたわけであります。

 私が地区幹事をお引き受けしましたのは、北村PGのたっての要請によるものであり、松坂はなんとなく暇があるだろうとのはなはだ不当な論拠によるもので、私としましては、まことに迷惑な話でありましたが、反論する時間的な余裕がないままに引き受けた次第であります。(笑)

 鈴木豊会員を会計長として、島田会員を筆頭に松村、青木(正)、秋田、熊谷、武藤会員に否応なく副幹事をお願いいたし、スタートいたしました。

 同時にガバナー月信の発行があり、青木(全)会員を委員長に瀬戸、皆葉(卓)、増田、石塚会員を編集員にお願いして編集委員会を発足いたしました。当然のごとく、専従の職員が必要であり杉本さん、和久さんお二人の参加があり、形が整ったわけであります。

 さて、ガバナー事務所の仕事でありますが、原則的に申せばRIと地区との情報の中継基地であり、同時に地区内における情報の発信、受信総てを司る総司令部であると申すことが出来ると思います。

 従いまして、ガバナーは総司令官であり、会計長は兵站ならびに総ての出納を司る主計長であり、スタッフは参謀とでも申すことが出来ると思います。

 地区幹事が最初に取り組む大仕事は地区役員・委員の選出であります。この役員・委員の選出は大変困難な作業であり、ガバナー共々苦心いたした次第であります。

 この人事が上手に出来れば、ガバナー年度は成功するとさえ言われるところであります。

 アナハイムへの出発準備、手続きに始まりPETS、地区協、AG研修等、次から次へと膨大な仕事量で圧倒されるばかりであります。

 然しながら驚いている時間的な余裕もなく、スタッフ共々大袈裟な言い方をすれば連日連夜を問わず一つ一つ消化していく毎日でありました。

 素晴らしいスタッフと杉本、和久さんが大変な戦力となり、おおかたなくやってこられたことは私たちにとりまして、この上ない幸運に恵まれたと申せましょう。2年有余にわたる数々の体験は素晴らしいものであり、忘れられないものとなるでしょう。

 最後になりましたが、今の感想はと問われれば「ロータリーは素晴らしい、でも地区幹事は二度とゴメンだ!!」の一言であります。(笑)

 ロータリーの話はこれくらいにいたしまして、若干時間がありますので他の話をいたしたいと思うのですが、先週の土曜日から日本シリーズが始まりました。

 ジャイアンツが一回戦、に回線東京ドームで連勝して西武球場での昨夜の第三戦にも勝って、どうやらこのまま4勝して終わるように思われますが、これほど大差が付くとは誰も予想できなかったと思います。

 日本シリーズ(正式には日本選手権)が行われたのは今から52年前の昭和25年のことであります。
前年の24年までは一リーグ制でしたのが、25年にこれがセントラルリーグ、パシフィックリーグの二リーグ制となり両リーグの優勝チームによる日本選手権が行われた訳であります。

 この年のセントラルの優勝チームは松竹ロビンスであり、パシフィックの優勝チームは毎日オリオンズでありました。予想では、真田、大島の二枚看板を持つロビンスが有利と思われたのですが、結果は阪神からの移籍選手が主体の毎日オリオンズが4勝2敗で初の王者についたわけであります。

 前出の二人以外にも川上、千葉、別所、藤本、西沢、藤村、小鶴、岩本、青田、パシフィックには、荒巻、柚木、土井垣、飯田、鶴岡、本堂、木塚、別当、大下等々憧れの名選手が思い出されます。

 野球少年であった頃の思いは鮮明な記憶となって残っております。

 さて、今夜はどうなることでしょうか。