北村仁会員:1995年11月29日
職業分類:化学繊維製造
北村製布(株)
代表取締役

 「分区代理を振り返って」

 卓話依頼をすっかり忘れ「今日はお天気も快晴、富士山が良く見えるなぁ」と、ルンルン気分で例会に出席して参りました。只今、卓話だと言われ慌てております。

 皆さんのおかげで、何とか分区代理を無事務め上げ、さて終わってみると何も残っていないと言う感じです。分区代理も第8分区で言うと4年に一度、いやクラブが増えた関係から、これからは5年ないし6年に一度は各クラブに回って参ります。

 従いまして今後は誰でも経験しなければならない役職になるのではないかと思います。

 分区代理について考えてみますと、分区代理と言うのは何の権限もない役職といってよいと思います。昨年私が引き受けるにあたって何をするのか一切分からなくて、直前(当時)分区代理の石神さんの事務所を訪ねて「分区代理は何をすればよいのでしょう」と伺いました。

 石神直前分区代理は小さなカバンを私に渡しました。中に何もなく日程が書かれた紙だけが入っていました。そして、石神さんは「そのうち分かるようになるよ」結局、分区代理は一年交替と言うことで特に引継ぎのようなことはなかったのです。

 私の分区代理の時は、ガバナーは山本Pガバナー、その山本さんはよく「私には、あちらの方(第8分区)は鬼門だ」と常々申されておりました。そのわけは、水海道クラブに同業者の先輩、取手クラブにはもっと先輩がおられるから、と言うことでした。(笑)

 そんな事から山本ガバナーは、第8分区に対してはとても気を使って下さって、お陰で大変スムーズに行ったと言う感じがいたします。

 分区代理になってからの前半は公式訪問でガバナーの後についてクラブ訪問をしなければならなかったことが、大変と言えば大変だったと思います。というのは、こちらの予定には全く関係なく、あくまでもガバナーの都合(計画)に従って行かねばならないと言うことです。

 また分区代理はガバナーの意向にそって行動しなければならないことは当然のことで、そのため自分の意見は言えないという立場にあります。即ち、ガバナー事務所と各分区の調整役といったところですが、その割には色々と質問され困ってしまった経験もございます。

 後半はIMという大きな行事があり、それに合わせてクラブの皆さんのは大変お世話になりました。昨年は、あのような形でIMを開催させていただきましたが、まあまあ良いIMが出来たものと思い皆様に感謝しております。

 思い出といっても各クラブにはそれぞれ特徴があり、良い面も悪い面もございます。昨年は新しく2クラブが誕生しましたので、そのクラブの育成のようなことで何か精一杯だったような気がしております。

 分区代理をして、よかった事はといえば何よりお友達というか知り合いの方が多くなります。分区内の皆さん、ガバナー事務所の皆さん、或いは地区内の分区代理の方など大勢の方とお知り合いになれます。

 そういう中には色々な職業の方がおられ、また非常にユニークな方もたくさん居られます。そんな方々とお付き合いをさせて頂いたことは、ロータリーに入って、そして分区代理をして、一番良かったことではないかと考えています。

 分区代理はあちことへ行ったりで、身体は忙しく、またクラブの皆さんにもご迷惑をかけたりすることが多々あったと思いますが、これから分区代理のあり方を考えていくようにすれば、もう少し、分区代理も動きやすくなるだろうと思われます。

 以上のようなことを考え合わせて、もし皆さんに分区代理の使命が来ましたなら、即座にお引き受けいただいて経験されることが良いのではないか、とお勧めいたします。