福田克比古会員卓話2002年11月20日
職業分類:神道普及
大生郷天満宮 宮司

 本日2回目の卓話と言うことで、先般ポスターを配らせていただきました。

 菅原道真公没後1100年(西暦903年2月25日<陰暦>にお亡くなりになっています。)と言うことで、全国の天満宮で今年3月か4月にあちこちで大祭が行われています。私のところでは、色々な上があり秋まで延ばしました。

 裏の境内を拡張して報恩寺との縁のお鯉様の池を復活させました。御神体が道真公の御遺骨なので、それを納める御廟を作ることになり、御廟天神画に基づいて、お墓の形を直径1100ミリの宝珠と決めました。

 また、安楽寺(元三大師)との深い繋がりがあるので神前法要が入っています。23日〜25日に行われます内容は次の通りです。

 日   程 
 11月23日(土)9時00分 菅公御廟所清祓祭及び大国社・厳島社遷座祭
          11時00分 菅公御神忌千百年大祭記念、第一期事業完工奉告祭
          16時00分 菅公御遺骨奉還祭

    24日(日)9時30分 菅公御神忌千百年大祭式典
                (菩提寺<安楽寺>神前法要)
          13時00分 奉納演芸
          14時00分 稚児社参行列

    25日(月)10時00分 菅公御神忌千百年大祈祷祭
                  (恒例の秋季大祭・新穀感謝祭も兼ねる)
          13時00分 奉納神楽

 何故、道真公が神様になったのか。

 天神様イコール学問の神様と言われていますが、学問の神様だけでいいのかなと私はつくづく思います。仏教的なものの考え方なのですが「本地垂迹説」で本地とは、神様になる前の姿で、道真公は十一面観世音である。

 「十一面観世音とは、救済者としての観世音菩薩の種々の能力を11の顔で表したもの。前3面を慈悲面、左3面を瞋怒、右3面を狗牙上出面、後ろの1面を最悪大笑面、頂上を仏面とする。

 本面を加えて十一面とするもの、本面以外に十一面あるものがあり、その表情や位置には種々の変化がある。いずれもその冠の中に阿弥陀の化仏がある。」というように人生の生き様を表しています。

 道真公が九州に流されたのが原因で京都に色々なことが起こり、恨みではと思うようになり、道真公の霊をなぐさめる為に神として祀った。

 本来は恐ろしい神様なんだと言うことに基づいて、道真公のように生きたい、生きる人生の教訓的な神様として祀られました。

 いつの間にか学問の神様になってしまいました。室町以降、寺子屋が発達して寺子屋の守り神に。読み書きそろばんを教えただけでなく、人生訓を語るのも寺子屋だった。そういうところの守り神だったのが、だんだん学問だけになってしまった。

 学校へ行っているときだけが勉強ではなく、一生勉強だろう、そういうところの守り神であるべきなのでは、と私は思うのです。

 大変今の時代にもあう神様ではないかと思います。

 機会がありましたら、お参りいただけたらと思います。