福田克比古会員卓話2001年9月26日
職業分類:神道普及
大生郷天満宮 宮司

 大塚先輩もおられますので大変、話しにくいのですが、私の職業に関係の神道の話をさせていただきます。

 「神道」と書いてシントウと読みます。この言葉が生まれたのは儒教が入ってきた5世紀後年、また6世紀前半に仏教が入ってきた関係で、日本の古来からあった神祭りに何か名前を付けなければならないとのことで、神道といわれるようになったとの言い伝えです。

 神道は本来われわれの生活の中で自然に生まれてきた生活の知恵の「かみまつり」で教祖といわれるもの、即ち仏教で言う釈迦やキリスト教で言うイエス・キリストのような方はおりません。

 地方によって多少の違いは出てきますが、それは地域環境に合わせた「かみまつり」となります。また、教祖がおりませんから教典といわれる教えを書いた教本でもありません。

 それから神道における教義といわれるものも未だかつて確立されておりません。地方地方によって、まつりの形式が異なるので日本全国を統一した教義を作ることは難しい面があるわけです。

 なぜ神道という言葉をつけたかということについては、日本古来からある「かみまつり」の道であるということです。それから天皇が天下を治めるための道であるということ、更に人の人たる日常の道である。これらをひっくるめて神道であるとしていますが、これも学者によって色々な説があるわけで、まだ、はっきりと決まっているわけではありません。

 ただ、古来の信仰をいうと、先ほど言ったように古来の日本人の生活から自然発生的に生まれた「かみまつり」であるので、自然現象・祖先・人と人とのつながり(人々と共に生きる=神人和合)・正常と正直を守ることを最高の生き方とします。

 それには日々、清らかな人間になる為、禊(ミソギ)・祓い・清めをする、つまり生活を反省し正しいことに変えることが信仰の基盤となるのです。

 神道で言う「神」とはどんなものかというと、これも色々あって定まっておりません。
ここに例として江戸時代の神道学者といわれる人の考えを書いておきました。
(・・・・・・略)

 どれをとっても自然現象の中で特別なことが起これば、それを神とすると言っています。
草・木もまた不思議な現象も神となり得ます。

 そういうことですから、私共に善い事をしてくださる神も、また逆に悪いことを起こす神も存在します。これは他宗教を大きく異なる所です。

 神様を祭る場所として、社(やしろ)宮(みや)があり、祠(ほこら)という場所もあります。
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(以下、夫々説明がありましたが週報の紙面上割愛、卓話者に陳謝)
                                     週報からの転記